韓国の中央選挙管理委員会は11日、国民向け談話を発表した。10日の憲法裁判所による朴槿恵大統領の罷免を受け行われる大統領選挙が単純な人気投票として終わらないよう、選挙の位置づけ、理想、そして目標を提示した。(ソウル=徐台教)

選挙日は未定も5月9日が有力

談話は11日正午から、同委員会の金竜徳(キム・ヨンドク)委員長が約10分間、あらかじめ用意された原稿を読み上げるかたちで行われ、全国に生中継された。

金竜徳(キム・ヨンドク)中央選挙管理委員会委員長
国民向け談話を発表する金竜徳(キム・ヨンドク)中央選挙管理委員会委員長。写真は中央選管ホームページより引用。

キム委員長はまず「5月9日まで新たな大統領を選出しなければならない」と、選挙の期日を説明した。これは「大統領の闕位時には60日以内に後任者を選ぶ」という憲法68条第2項に基づくものだ。

もっとも選挙日はまだ確定していない。決定権を持つ黄教安(ファン・ギョアン)大統領代行は、17日以前に選挙日を決めると明かしている。

5月初頭に連休が重なることもあり、60日ぴったりとなる5月9日(火曜日)になるという見方が韓国メディアでは支配的だ。

「選挙を和合の契機に」

続けて「今回の大統領選挙は、葛藤と分裂を乗り越え、和合と統合の韓国を作る契機にならなければならない」と史上はじめての早期大統領選挙を位置付けた。

昨年10月に「崔順実ゲート」の追及が本格化して以降、韓国社会では朴槿恵大統領の評価や処遇をめぐり議論が続いてきた。

世論調査では8割が弾劾(罷免)を支持したとされるが、1月以降は週末ごとにソウル都心を弾劾賛成派(ろうそくデモ)と反対派(太極旗デモ)が埋め、国論分裂の印象を市民に強く与えている。

太極旗デモ写真
朴槿恵前大統領を熱烈に支持する「太極旗デモ」。太極旗と星条旗を懸命に振り、声をあげる。2月11日撮影。

老若男女が参加する「ろうそくデモ」と年配の参加者が9割を占める「太極旗デモ」の対立構造は、主張の違いはもちろん、世代間の対立の様相も呈しており、この解消は今後の大きな社会的な課題となっている。

中央選管は今回の選挙で各々が一票を行使し、等しく声を挙げよと呼びかけていると見てよいだろう。

これを可能にするため「選挙の全過程を透明に公開し、国民の信頼をより高め、有権者が貴重な主権を行使するのに不便がないようにする」とキム委員長は覚悟を述べている。




人気投票ではなく「政策選挙に」

この日の談話からは、中央選管が今回の選挙が短期間で行われることによる弊害を憂慮している様がありありと感じられた。とりわけ、選挙が候補者の中身でなく表面だけ見て行われることを危惧しているようだ。

昨年12月、国会で弾劾訴追案が可決されて以降、特別検察による捜査が進む過程で朴前大統領の罷免が確実視されたこともあり、韓国のあらゆるメディアが次期大統領選候補者の支持率を問う世論調査を行ってきた。

毎週10回を超える世論調査が行われ、毎日のようにその結果が発表される状況は今も続いている。さながらアイドルの人気投票のようでもあり筆者は苦々しく思っているが、この習慣は昨今始まったものではないため、どうしようもない。

この状況を補完するためか「候補の政策や公約をきちんと知る時間が十分でないため、各種の選挙情報を迅速かつ正確に提供し、政策で競争する選挙の雰囲気を醸成したい」とキム委員長は政策選挙に言及している。

有権者には「賢明な有権者になってほしい」

「国民のみなさん!」キム委員長は、有権者へと呼びかける。

「国民の参加が前提とならない民主主義は有り得ません。しかし参加するだけで民主主義が完成する訳ではありません。違法行為を断固として拒否し、根拠のない誹謗や虚偽事実にも惑わされない、賢明な有権者にならなければなりません」

最近、韓国でも「フェイクニュース」という言葉が多く聞かれるようになった。SNSなどを通じ情報の発信が容易になったため、事実がどうか分からない内容がネット世界を跋扈(ばっこ)している。

短期間の選挙戦ともなると、この傾向はさらに強まるだろう。特定の候補の支持者たちは、支持候補を持ち上げ、相手候補をおとしめるためになりふり構わぬ手段を取るようになる。

中央選管としても「自由と公正が調和した遵法選挙の実現に向けすべての努力を傾ける」とするが、情報の質を判断する有権者の意識を高めることを要求している。




候補者には「実現可能な政策と公約を」

キム委員長は続けて、候補者に対し「政党と候補者も実現可能な政策と公約で正々堂々と競争するよう」自制を呼びかけた。

今回の選挙を招いた朴大統領の弾劾は、徹頭徹尾憲法にのっとり行われ、その過程も平和的なデモによったため、理想的な民主主義の姿を実現したと評価できる。

弾劾宣告日
朴槿恵大統領の罷免が決まった瞬間。憲法裁判所前に集まった市民が周囲の人々と喜びあう。3月10日撮影

こうした政治面での成果の一方で、低成長・貧困層の増加・出生率の低下など経済・福祉問題が山積している。

この解決を求める声が、財閥優遇を推し進め弱者に優しくない政策を取り続けてきた朴大統領の、一刻も早い退陣を後押しした部分も少なくない。

それを知る候補たちも、「ベーシック・インカム(基本所得)」や「育児手当の増額」、「低価格での住宅提供」など様々な政策を打ち出している。

だが、いずれも多額の財源を必要としており、現実性に欠けるという指摘も根強い。

さらに高福祉政策は「共産主義化=北朝鮮寄り」という南北対立からくる「誤解」を呼ぶこともあり、議論を呼ぶ構造がある。

キム委員長は「メディアも政党と候補者の政策や公約を徹底して検証し、事実であるか確認できない報道は自制していただきたい」と、メディアの役割を強調している。

また、弾劾政局の中で勢いを増す市民団体についても「市民団体も法の枠組みの中で支持または反対行動をするよう」要求している。左右いずれにも当てはまる指摘だろう。




「韓国に希望をもたらす選挙に」

キム委員長は談話をまとめながら「今回の大統領選挙は韓国の命運がかかった重要な選挙である」とした。

どの大統領選挙も重要であったが、史上はじめての大統領弾劾を経た選挙として、これまでと異なるという意味だろう。この指摘には共感できる。

最後に「選挙には必ず参加し、韓国の主権が国民にあり、すべての権力は国民から生じることを、はっきりと見せてほしい。われれわれ選挙管理委員会は、今回の大統領選挙をかならず参加と和合の美しい選挙として開催し、韓国に希望をもたらすよう最善を尽くす」と力を込めた。

「大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民から生じる」というのは、憲法第1条(第2項)で、一連のろうそくデモの場で何度も言及された内容だ。

見てきたように、今回の選挙は結果はもちろん、その過程にも成熟した社会の姿が求められる。短期決戦の中、超えるべきハードルは余りにも多い。