投票日までひと月を切り、選挙戦は文在寅・安哲秀「2強」中心の争いへと移行し、乱打戦の様相を呈している。互いの争点をまとめた。(ソウル=徐台教)
支持率拮抗で新局面
国民の党の安哲秀(アン・チョルス、55)候補の支持率は、ここ一週間で爆発的に伸びてきた。

国会に議席を持つ五大政党の候補者が出揃った4日の時点での世論調査では(REALMETER社が3日に発表したもの)、安哲秀候補の支持率は22.7%にとどまり「今後要注目」といった消極的な見方が目立っていた。
それがわずか3日後の世論調査(Gallup社、7日発表)では、安候補の支持率は35%と、1位・共に民主党の文在寅(ムン・ジェイン、64)候補の38%に僅差で迫る結果となった。

さらに昨日10日、韓国日報が発表した世論調査でも文候補37.7%、安候補37.0%となり、完全に並ぶ結果になった。
上記の結果はいずれも5人の候補が最後まで選挙戦を戦った場合の数値だ。候補者の一本化が進み文在寅対安哲秀の一騎打ちを想定した調査では、安候補が優勢となっている。
調査ごとに異なるが、通常、世論調査の誤差は±2~3%とされる。このため、両氏のどちらがトップなのか分からなくなり、「混戦」との認識が有権者のあいだに広まっている。
なお、乱発される世論調査をどう受け止め、どこまで信頼するべきかといった議論がここ数日、韓国内で盛んになっている。公正な選挙に関わる内容であるため、次回の記事でまとめたい。
ネジを巻きなおす文在寅陣営「選挙戦はこれから」
世論の変化に文在寅候補陣営は焦りを隠せない。
昨年10月末に「朴槿恵・崔順実ゲート」の追及が始まって以降、次期大統領の最有力候補となり2位と大差の1位を守り続け「大勢」とされてきたが、この認識を改める必要にかられている。

10日、共に民主党内部に、文在寅候補の選挙対策本部が正式に発足した。
常任選対委員長を務める同党の秋美愛(チュ・ミエ)代表は選対会議の場で「選挙は今日これから」と明かし、「その間、私たちが安住してきた『大勢論』や『政権交代当為論』と決別する」と決意を新たにした。
さらに「受権政党(選挙により権力を手にする政党の意)として、『準備してきた政策』と『安定した国政経験』、『断固とした改革の意思』をもって、『偽の政権交代』を克服し、『真の政権交代』を成し遂げる時」と今回の選挙を再定義した。
「安哲秀は第二の朴槿恵」
「偽の政権交代」というのは、安哲秀候補を批判するフレーズだ。論理構成はこうだ。
まず、李明博・朴槿恵という保守政権を支持してきた層を取り込んでいる安候補を、「旧勢力=積弊に迎合する勢力」と位置付ける。
次いで、朴槿恵大統領を頂点とする大汚職スキャンダルに始まり「ろうそく革命」を経て行われることになった今回の大統領選挙の意義を強調することで、安候補を「不適格」とするものだ。
文候補陣営は連日、安候補と国民の党叩きに熱を上げている。ざっと挙げるだけでも「予備選での市民動員疑惑」、「暴力団との関係疑惑」、「夫人・金美暻教授の就職あっせん疑惑」、「長女の財産非公開疑惑」などがある。
なお、これらの疑惑は現時点ではあくまで疑惑であり、真相究明が現在進行形で行われていることを断っておきたい。
次々に持ち上がる(持ち上げる)疑惑を受け、10日には文在寅氏の側近、宋永吉(ソン・ヨンギル)議員が安候補を「第二の朴槿恵になる可能性がある」と評するなど、批判の舌鋒は鋭くなる一方だ。
戦略を変えるべきとの声も
ただ、こうした「本物かニセモノか」、「安哲秀は積弊勢力」という選挙戦の枠組み設定(フレーム)が適切であるかについては、党内からも批判の声が上がっている。
いくら相手を叩いても支持者は増えないため、「敵を叩く戦略」ではなく、「広く主張する戦略」を採用し、文在寅候補に付きまとう「拡張性の無さ」を積極的に克服していくべきだという指摘だ。実際に文候補の支持率は数か月間40%弱にとどまっている。
こうした声を意識してか、文在寅候補は8日、予備選を共に戦った安熙正(アン・ヒジョン)忠清南道知事、李在明(イ・ジェミョン)城南市長、崔星(チェ・ソン)高陽市長と一献傾ける場を設け、メディアに親睦をアピールした。

安熙正知事は予備選で広く「大連立」を呼び掛け、話題を呼んだ。文在寅氏の持つ強硬で頑固なイメージをやわらげ、安哲秀支持に流れたとされる、安熙正支持の保守層の取り込みを狙ったものだ。
安哲秀陣営も反撃「文在寅は第二の李会昌」
躍進を続ける安哲秀候補側は、比較的落ち着いた環境の中で選挙戦を戦っている。とはいえ、文在寅陣営の攻撃を黙って受け止めている訳ではない。
文候補に対し、「文在寅候補の長男の就職あっせん疑惑」、「故盧武鉉大統領の長男の義父の飲酒運転事故隠蔽疑惑」などを連日追及している。やはりこれらも現段階では疑惑に過ぎない点を明記しておく。
また、文在寅候補本人に対しては、朴智元(パク・チウォン)国民の党代表が連日フェイスブックに、文候補を批判する投稿を行っている。

朝にも晩にも批判の手を緩めないことから、「文モーニング」「文イブニング」と呼ばれ半ば笑い話ともなっているが、手厳しい内容も多い。
10日には文候補に対し「なぜそこまでして、第二の李会昌(イ・フェチャン、過去三度大統領選に挑戦し全敗)候補の道を歩むのですか。李候補が過去(2002年)、大統領当選が確実といった風に傲慢な行動を取り、相手の盧武鉉(ノ・ムヒョン)候補は無視し、金大中(キム・デジュン)大統領だけ攻撃し続けた挙句に落選したことを覚えていないのか」と語りかける余裕(?)も見せつけた。
現在の展開は安哲秀氏に有利
筆者もよく「誰が大統領になるのか」と聞かれるが、答えようがない。ただ、今の状況は安哲秀候補に有利であることは確かだ。
文在寅候補は支持率が減りも増えもしない中、安候補は倍増している。しかも特段の手だてをとっていない中での増加である。新しい主張を付け加えた訳ではない。
安哲秀候補は4月6日にあった「寛勲クラブ」主催の討論会で「朴槿恵政権の発足に手を貸した勢力は今回の政権はあきらめるべき」とし、自由韓国党や正しい政党とは選挙戦においては手を結ばない方針を明確にした。

一方で「大蕩平(18世紀の李朝時代の政策で、党派に均等な人事登用のこと)」を強調し、当選後には党派にこだわらず、有能な人材を登用することを約束した。
これは高度な戦略と韓国メディアで評価されている。つまり、表向きには李明博・朴槿恵周辺の保守勢力と距離を置き差別化しつつも、政権運用の際には手を結ぶこともあると示唆することで、保守層の安心を呼び、安候補への支持に向かわせるという仕組みだ。
同じ「大蕩平」という言葉を文在寅候補も予備選で使ったが、こちらは長く中央から除外されてきた湖南地域の人材に向けての呼びかけだったことを考えると、安氏の「広がり」の一端が理解できる。
4月17日の世論調査に命運
韓国大統領選の候補者登録期間は、4月15日、16日の両日で、選挙戦は17日からスタートとなる。
10日、テレビ局のSBSは午後8時のメインニュースの中で、「1987年以降、6度の大統領選で、候補者登録日前後の世論調査で1位になった候補が、すべて当選した」と言及した。
さらに「公式の選挙戦が始まって以降は、支持候補をほぼ変えないため、一種の公式になっている」とし、「(文、安)両陣営は今週、死活をかけた争いを繰り広げるだろう。選挙期間が短い今回の選挙では、一つの失敗が命取り」とした。
手詰まりで劣勢の文在寅陣営に対し、左派政党の正義党からも「共に民主党には必死さが足りない。文在寅候補には具体性がない」という厳しい指摘が投げかけられている。
2012年の大統領選挙で文在寅候補は「政権審判(李明博政権の審判)」を掲げ、「民生大統領」を掲げた朴槿恵候補に敗れた。
そして今回、文在寅候補は再び「積弊清算」を掲げる一方、安哲秀候補は「未来を拓く協治」を掲げ混戦となっている。有権者の選択はどちらだろうか。