公式選挙運動の解禁から約一週間が経った。各候補は全国は飛び回り総力戦を行う一方で、今後大きな影響を及ぼすであろう「試練」に直面している。それぞれの事情をまとめた。まずは世論調査で首位をひた走る文在寅候補。10年前の北朝鮮とのあるやり取りに対する「態度」が大きな波紋を呼んでいる。だが、影響は限定的だ。(ソウル=徐台教)

昨年10月来の「北朝鮮に相談」疑惑が浮上

「単刀直入に聞きたい」

4月19日に行われた大統領選主要候補5人による第二回テレビ討論会の冒頭で、正しい政党の劉承旼(ユ・スンミン、59)候補はこう切り出し、文在寅(ムン・ジェイン、64)候補に対し「北朝鮮人権決議案問題」の追及を始めた。

劉承旼文在寅討論
4月19日の第二回討論会で激論を交わす劉承旼(左)、文在寅(右)候補。テレビ局SBSのYoutubeよりキャプチャ。

「昨年10月には『記憶が無い』と言い、4月13日の第一回討論会では『北側に先に聞いたことはない、事実でない』とし、2月9日のテレビ番組では『国家情報院を通じ北に確認した』と言った。発言の内容が一貫していない。指導者たる者がこれではいけない」

この問題は、2007年11月21日の国連総会で北朝鮮人権決議案が票決される際、韓国政府が当初決めていた「賛成」から「棄権」に変え、その過程で事前に北朝鮮側の意中をうかがっていたとされるものだ。

当時、 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の秘書室長を務めていた文氏が、安保政策調整会議の席で北朝鮮との接触を指示したと、やはり同じ会議に出席していた宋旻淳(ソン・ミンスン)元外交部長官が2016年10月に出版した回顧録で明かしたのだった。

回顧録が出版されるや当時の文氏の行動に対し「必要以上に北朝鮮に融和的なのではなかったか」と批判の声が高まり、韓国の次期大統領候補としてふさわしいのか否かで議論になった。

なお、昨年10月には早期大統領選挙の話はまだ無かったことを明記しておきたい。ただ、有力候補として文在寅氏の名前が取りざたされていた中での出来事だった。

その後すぐ、崔順実・朴槿恵ゲートが大きく取り上げられ、朴槿恵大統領の弾劾へと突き進む過程でこの問題は棚上げになっていた。だが、投票日までひと月を切り、文在寅候補が支持率1位を堅持する中、かっこうの「攻撃材料」として再び浮上してきた。




食い違う二人の証言 2007年11月に何が?

宋旻淳元長官は回顧録で「北朝鮮に意思を確認し、賛成から棄権に変えた。最後に棄権に決まったのは票決直前の20日」と明かす一方、文在寅候補は「盧武鉉大統領は16日の段階で棄権と決めた。ただ、宋元長官が頑なに賛成を主張したので、国家情報院のネットワークを通じ北朝鮮の出方を確認した」と19日の討論会で語っている。

二人の証言は大きく食い違っている。いくつかの韓国メディアの内容とまとめると以下のようになる。

11月16日:盧武鉉大統領主宰の会議で「棄権」することが決定したと文候補側が証言。当時の2007年10月に南北首脳会談を行っており、賛成することで後続措置の実現が難しくなる可能性などを考慮した。宋旻淳長官はこの日は結論が出なかったと証言。

11月18日:青瓦台(大統領府)安全保障室長主宰の会議。文候補側によるとこの日の会議は、宋長官を慰労するための会議であった。宋長官はこの会議の席でニューヨークの国連チャンネルを通じ確認した情報を基に「賛成しても大丈夫」と伝える。

一方で、文候補は金萬福(キム・マンボク)国家情報院長(当時)に対し「国家情報院チャンネルを通じ棄権を通告すると共に、北側の反応を確認する」ことを提案。宋氏はこの時点でもまだ票決内容は決まっていなかったとしている。

11月20日:宋長官が盧武鉉大統領と会議を行い、国家情報院側からの報告メモを受け取る。そこには「賛成した場合、南北関係の発展に危機を呼びこむことになる」とあった。宋長官はこれを見て盧武鉉大統領が棄権することにし、「北に聞かなければよかった」と盧武鉉大統領が語ったされる自筆メモを公開した。




怒る宋長官 機密文書を公開

宋長官は今月20日、日刊紙・中央日報とのインタビューに応じ、2007年11月20日に盧武鉉大統領から受け取ったという報告メモを公開した。メモの全文は以下の通りだ。

・国連決議案と関連し、北と南は去る10月、歴史的な首脳宣言により内部問題に干渉しないことにした。国際舞台で民族の利益のために協力を強化していくことを対外的に明らかにした。

・したがって、南側が反共和国勢力たちの人権決議案に賛成することは、北南宣言(原文ママ)に対する公然とした違反で、いかなる理由でも正当化できない。

・万一、南側が反共和国人権決議案の採択を決議する場合、10.4宣言履行において、北南間の関係発展が危うくなる事態を招く可能性があると強調する。

・南側が心の底から10.4宣言に履行と、北との関係発展を望む場合には、人権決議案の票決において責任ある立場を取ることを願う。

・われわれは南側の態度を注視している。

その上で、「このメモを見ても『棄権を通告した』と言えるのか、文在寅候補が直接、きちんと説明するべきだ」と同インタビューの席で再度主張した。

宋元長官は大統領選挙が佳境に入っている大切な時期になぜ、メモを公開するしたのかという問いについては、「文候補が私の回顧録を『一人だけの記録』とし、事実に立脚せずに書いた本のように扱った。30年のあいだ現場で働いてきた記録を3年かけて書いたのに、『事実ではない内容』と文候補が言うので黙っているわけにはいかなかった」と明かしている。

なお、メモの公開が「公務上機密漏えい」に当たるという指摘もある。これに対し宋元長官は「責任を取る必要があれば取る」と覚悟を決めている。
(ハフィントンポスト該当記事  http://www.huffingtonpost.kr/2017/04/21/story_n_16142494.html)




やはり怒りの文在寅陣営「宋氏を告訴、関連文書を公開する」

文在寅候補も水かけ論となっている状況にいら立ちを隠せない。

宋元長官がメモを公開したことに対し文候補は21日、「この問題の核心は、11月16日に大統領主宰の会議で棄権が決まったのか、もしくは宋元長官の主張のように、北朝鮮の意向を確認した上で棄権が決まったのとかという点だ」とし、「16日に棄権が決まった」と再度強調した。(以下中央日報の記事: http://news.joins.com/article/21499612 )より

文在寅写真
共に民主党の文在寅候補(右端)。有利な選挙戦のさ中で突如、集中砲火にさらされている。同氏のフェイスブックより引用。

さらに、「宋元長官が公開したメモが北からの返信だとしたら、国家情報院が先に送った質問にあたる電信文が残っているはずだ。国家情報院がそれを公開すれば今回の話は証明される」と語った。

先に韓国側が送った電信文が「賛成を前提に北側の意思を打診するもの」なのか「棄権を通告し、北側の反応を知るもの」なのか明らかにしようというものだ。

また、今の時期に宋元長官が「疑惑」を続けて提起していることについては「過去の出来事であるため、それぞれ記憶が異なることもあるのは理解する。だが、選挙が差し迫った時期であることを考えると、前回の大統領選時の『NLL事件』のような『第二の北風工作』、これによって選挙を左右しようという卑劣な『色分け論(レッテル貼り)』と見る」と強く批判した。

「NLL事件」というのは2012年の大統領選挙を控えた10月に、2007年10月の南北首脳会談の席で盧武鉉大統領が金正日総書記(いずれも当時)に「NLLを放棄する」旨を話したと、与党ハンナラ党(当時)の鄭文憲(チョン・ムノン)議員が暴露した事件だ。

当時、「盧武鉉の後継者」として選挙戦を戦っていた文在寅候補は「北朝鮮に弱腰な候補」のレッテルを貼られることとなった。その後1年以上におよぶ与野党の攻防の果てに対話録が公開され、盧武鉉元大統領は該当する発言を行っていないことが明らかになっている。

さらに文在寅候補側は、宋旻淳元長官を「名誉棄損および公職選挙法上の虚偽事実の流布、大統領記録物法違反などの罪で訴える」(前出の中央日報の記事より)構えだ。いくつかの韓国メディアによると、週明けにも中央選挙委員会に告発するという。




野党三党は一斉に文候補を非難「文在寅は偽証している」

このような宋元長官と文候補側の全面衝突に対し、正義党を除く野党三党も参戦し、激しい攻撃を加えている。世論調査で安定して1位を走る文在寅候補に何としてもダメージを与えたい気持ちが透けて見える。

自由韓国党「核爆弾級の開き直りだ」

自由韓国党はこの問題に関し、いくつもの論評を出して文在寅候補を強く圧迫している。

23日には、22日に公開された「北朝鮮人権決議案を棄権すると決めた状態で、我が国が賛成する場合の北朝鮮の反応を南北チャンネルを通じ(北側に)確認した」という金萬福元国家情報院長のインタビューを引き合いに出し、文候補の「あくまで通告で、北に対し方針を聞いたものではない」という主張が虚偽であると非難した。

自由韓国党バナー
自由韓国党のウェブバナー。文在寅候補の「北朝鮮内通、国基紊乱(びんらん)」事件を追及するという。同党フェイスブックより引用。

また、22日に文在寅候補側の陳聲準(チン・ソンジュン)テレビ討論団長による「100歩譲って真実だとしても、何が問題なのか」という発言に対しても「ここまできたら開き直りも核爆弾級だ」とし、「北朝鮮を『主敵』と呼べないのは共に民主党の常識のようだ」と猛攻撃をかけた。

これは、19日の討論会で文候補が「北朝鮮は主敵か」という劉承旼(ユ・スンミン、59)候補の質問に対し「大統領候補が答えることではない」と明答を避け続けたことを指すものだ。

同党はさらに文在寅候補の「北朝鮮内通、国基紊乱(びんらん)事件タスクフォース」を構成するとした。「国基紊乱」とは、ひと言でいうと「国を乱した」ということ。国連人権決議案問題に加え「盧武鉉前大統領一家の640万ドル授受」、「ソン・ヨングン国軍機務司令官への国家保安法廃止圧力」の3つの疑惑について、国政調査を行い、特別検察の導入を推進すると明かした。24日午後には議員総会を開き、全面的に攻勢に出る構えだ。




国民の党「文在寅候補は朴槿恵候補とそっくりだ」

国民の党は23日の論評で「間違ったことをしたならそれを認め、国民に対し理解を求めるのが最優先だが、国民が納得する明快な答えを述べていない」とし「文在寅候補の宋旻淳回顧録問題への態度は、朴槿恵前大統領が崔順実ゲートに対処した形とあまりにも似ていて不安だ」とこき下ろした。

さらに「これは色分け論でも、北風工作でもない」とし「理念の争いに持ち込むとは、開いた口が塞がらない」とたたみかけた。

また、「朴槿恵前大統領も最後まで崔順実らの国政ろう断の秘線実勢の存在を認めず、左右の陣営対決かのように見せかけ、国論を分裂させた」とし「真実を知りたい国民を敵味方に分け、さらに理念を付け足すことで葛藤と分裂を呼ぶやり方も、朴前大統領と変わらない」と評した。

その上で「傲慢で覇権的な権力の有り様を変えるのが政権交代だ」とし「国民の不安と怒りを心に刻む」ことを求めた。

国民の党や、後述する正しい政党の批判はいずれも文在寅候補の「ウソ」に焦点を当てている。「ウソを平気でつく人物は大統領になっても同じことをする」という論法だ。

正しい政党「文在寅候補の言葉は全てウソ」

正しい政党もやはり論評で連日のようにこの問題を取り上げている。

22日には「文在寅の友邦は今でも北朝鮮か」という題の論評で、文在寅候補の「2007年11月16日の大統領主宰の会議で決定した棄権の方針を北朝鮮に通告しただけ」という発言を取り上げ「同盟国の米国ですら票決前まで知らなかった方針を、(当事国の)北朝鮮は数日前から知っていたことになる」と指摘した。

ついで「自国民はもちろん同盟国にも知らせない内容を、軍事的に対峙中の相手の政権に先に伝える政府が地球上のどこにあるのか」とし「何よりも深刻なのは文在寅候補が、このような非常識な行為を『何も問題が無い』といった風に受け止め、言い訳を発表している点だ」と非難した上で「文候補の北朝鮮に対する視点と安保観は変わっていない」と厳しく追及した。

河泰慶議員
正しい政党の河泰慶(ハ・テギョン)議員(左から二番目)。連日、文在寅候補の様々な疑惑を追及している。同氏のフェイスブックより引用。

また、「文在寅候補は4月19日のテレビ討論で『国家情報院の情報網を通じて北朝鮮の態度を計った』としたが、金萬福同院長の証言によると実際は南北の連絡チャンネルを稼働させていた」とし「4月13日のテレビ討論では『北朝鮮に聞いたことが無い』とした」と、本稿の冒頭で同党の劉承旼候補が述べた「ウソ」の内容を繰り返した。

さらに「文候補は大統領選挙の候補者としての真摯な想いと、北朝鮮に対する見方を明かすべきテレビ討論の場でもウソをはばからず、国民を無視しだましている。一刻も早く真実を認め、国民の前にひれ伏して謝罪せよ」と強く批判した。




文氏の支持率への影響は軽微だが保守層結集のきっかけになる可能性

最新の世論調査の結果を見ると、文在寅候補はどの調査でも40%前後の支持率を集め1位であり、2位の安哲秀(アン・チョルス、55)候補よりも10%程度リードしている。4月の初頭には安候補がほぼ同率だったことを考えると、文在寅候補が有利な選挙戦を闘っていると見てよい。

この支持率の理由はひとえに、「鉄板」とも呼べる支持層の忠誠度のためだ。文候補の支持率は昨年12月以降、ほぼ横ばいが続いている。これは従来「拡張性のなさ」と指摘され同候補の弱点とされてきた。だが、今回の選挙のように一つのミスが命取りになると見られる短期決戦では、今のところ逆に有利にはたらいている。

対する安哲秀候補は、左派革新勢力の基盤の上で保守票の取り込みを計ってきたが、保守票は自由韓国党の洪準杓(ホン・ジュンピョ、62)候補に、左派票は文在寅候補に取られる「どっちつかず」の苦しい闘いを強いられている。

安哲秀候補写真
シャツをまくり上げ演説する安哲秀候補。伸び悩みが続く。4月23日ソウル光化門。同氏のフェイスブックより引用。

こうした事情から、今回の「疑惑」そのものに加え「偽証」の疑いまであるという悪材料にも関わらず、文候補の支持率は減りそうにない。

それ以前に、この疑惑が真実であるかどうかだが、文在寅候補が頑強に「偽証はない」と主張している上に「証拠」の検証もすぐには困難であるため、すぐに決着が付く問題ではない。

ただ、保守層の結集をもたらす可能性はある。もともと今回の大統領選挙のテーマは「政権交代」であり、対北朝鮮観、つまり安全保障問題はさして重要な場を占めていなかった。

それが4月中旬から現在にかけて進行中の、すわ米朝が一触即発とと言われた「カール・ビンソン騒動」、そして今回の「2007年北朝鮮人権法案問題」で一気に前面に出てきた感がある。

もともと、文在寅候補の弱点は安保問題とされてきたため、この話題に敏感な保守層にとって「反文在寅」でより強固にまとまるきっかけになる可能性もある。

とはいえ、こうした動きが何かしらの「変化」につながることは今のところない。現在考えられる文在寅候補を逆転する手は「安哲秀-洪準杓-劉承旼」連合であるが、その兆候は見られないからだ。

ただ、万が一を考えてか、文候補側も国民の党への牽制を忘れていない。

共に民主党は22日の論評で自由韓国党と正しい政党を「国政ろう断勢力」と呼びながら「『北朝鮮ネタ』は腐敗した既得権勢力が持ち出す錆びた刀だ。国民はもう騙せない」と断じた。

その上で国民の党に対し「金大中・盧武鉉政府を継承するという国民の党は『色分け論(レッテル貼り)連帯』に同調してはいけない。それは死に至る道だ」という警告を発した。




討論会で集中攻撃の予想

このように今のところ影響は限定的であるが、今後、5月9日の投票日まで4度残っている主要五候補によるテレビ討論会では、文在寅候補に集中攻撃が向かう可能性は高い。文候補がいかにこれをやり過ごすのかに注目されるが、これまでと同じ論理で、つまり「あくまで確認だった」で一貫するのは苦しいだろう。

大統領選討論会日程表
第19代韓国大統領選挙テレビ討論会の日程表。選挙期間が短いため、決戦の場となる。本紙作成。

そしてこの問題は、5年前の「NLL事件」と同様、大統領選挙後も後を引くものと見られる。関連記録を公開する、しないで揉めながら、文在寅候補が当選した場合も足を引っ張られる材料になるだろう。

いずれにせよ、今日23日に行われる第三回テレビ討論会での反応に注目である。