全泰壱「烈士」が見守る前で

今日5月1日のメーデーは、韓国では「労働節」とも呼ばれ、労働者にとって特別な日だ。全国で労働者の権利増進を求める大きなデモが行われる。

そんな記念日に合わせ、国民の党の安哲秀(アン・チョルス、55)候補と正義党の沈相奵(シム・サンジョン、58)候補はイベントを用意した。ソウル市内の東大門付近にある「全泰壱銅像」の前で、安氏は「国民向けメッセージ」を、沈氏は「労働憲章」をそれぞれ発表する予定だった。

全泰壱銅像
清渓川にかかる橋の上に建てられた全泰壱氏の銅像。筆者撮影。

全泰壱(チョン・テイル)氏とは、1948年に生まれた韓国の労働者であり労働運動家だ。衣類業のメッカ、東大門で縫製工として働きながら労働基準法を独学し、労働者の劣悪な環境を訴えた。だが資本家の妨害に苦しみ続け、1970年11月に労働基準法の法典と共に焼身自殺をし、全国に労働者の権利とその価値を刻み込んだ。韓国では「烈士」と呼ばれ、労働運動の英雄とされる。

まず午前10時から、沈相奵候補が「労働憲章」を発表した。平素から「労働が堂々とできる国」をスローガンに活動を続ける党らしく、看護師、清掃員、建設業など、様々な分野の労働者が順に憲章を読み上げる形で円満に行われた。

沈相奵候補
演説する正義党の沈相奵候補(中央)。筆者撮影。

この行事が終わったのは10時半過ぎだった。当初の予定では、続く11時から同じ場所で、国民の党と安哲秀候補による「全泰壱との約束 全国民向けメッセージ発表」が行われることになっていた。

だがここで、プラカードを持った一団が銅像前に並び、マイク片手に主張を始めた。彼らは本紙でも触れたことがある、4月14日から光化門前のビル屋上でろう城闘争を続ける民主労総所属の労働組合だ。

彼らは整然と並び、抑制された声でビルの屋上でデモを続ける同志について語った。

さらに「安哲秀候補は光化門で2度遊説を行ったが、我々の声に耳を貸さなかった。近くまで行っても、側近が『邪魔だ』と追い払われた」とし、「最低賃金も他の候補は2020年まで1万ウオン(約1000円)にすると言うのに、安候補は2022年としている」とし、「労働者を代弁しない安哲秀候補は全泰壱の前で話をする資格がない」と宣言したのだった。

メーデーデモ
騒然とする現場。あちこちで怒声が聞こえた。筆者撮影。

これに面食らったのが安哲秀候補側だった。

銅像の周囲を囲み、接近を阻む態勢を見せる労働組合側に対し、安候補の顔を一目見ようと集まっていた支持者たちは場所を空けるように要求した。それが受け入れられないとなるや、マイクを奪おうともみ合い、怒鳴り、罵声を浴びせ、体当たりするなど一時騒然となった。

結局、安哲秀候補は姿を見せず、国民の党のソウル市党の責任者が5分ほどスピーチするにとどまった。国民向けメッセージは汝矣島(ヨイド)の党舎で行うと発表し、現場を後にした。




突破できない安哲秀候補

一連の出来事を見ながら、2つの疑問が筆者の心を捉えて離さなかった。まず「安哲秀候補は一体いつから『反労働者』扱いをされるようになったのか」という点、そして「なぜ安候補は姿を見せずに帰ったのか」である。

安哲秀候補は、もともと中道左派にカテゴライズされる政治家だ。だが今回の大統領選を闘う中で、文在寅(ムン・ジェイン)候補に対抗するため、保守層に食指を伸ばしていた。

最近では、韓国政界の大御所の一人である金鐘仁(キム・ジョンイン)氏を招いた。

金氏はさっそく、洪準杓(ホン・ジュンピョ、62)候補を擁する保守政党の自由韓国党との連立構想をぶちあげるなど、最後の大逆転に望みをかけ、連立を拒否する安候補をよそになりふり構わぬ姿勢を見せている。このような「保守化」の印象が強まっているのだろう。

反安哲秀プラカード
安哲秀候補に反対するプラカード。ろうそくデモのキャラクターの下には「積弊勢力と連帯する大統領選候補は誰ですか?」と、安候補の口調をまねて書いている。自由韓国党との連携をほのめかせる国民の党を批判しているものだ。

次になぜ帰ったか、という点について筆者は、今日のような場面では、安哲秀候補は銅像の前に現れプラカードを持った労働組合側の話に耳を傾けるべきだったと強く思う。

今は大統領選挙の真っ最中である。しかもメーデー当日に、労働者が政治家に対し不満を持っているならば、それを正面から受け止めるべきではないのか?

たとえ罵声を浴びることがあっても(労働組合は抑制されており、そういった雰囲気ではなかった)、何を問題視しているのか労働者の声に耳を傾け、お互いの了承の上で予定されていた演説を行うようにするべきだった。

しかし現実は、「安哲秀候補は言い争いを望みません」という数日前のテレビ討論会で安候補みずから語ったセリフを関係者が繰り返すだけ、本人は一切姿を現さなかった。まるではじめから存在しなかったかのように。

筆者はここに、政治家・安哲秀の限界を見た思いがした。

なぜ、腕まくりして労働組合と膝を突き合わせて語ることができないのか。全泰壱氏の銅像を背景に、降り注ぐ日差しの中で語り合う場面は全国に配信されたはずだし、労働団体の「誤解」を解くこともできたかもしれない。そのアクションだけで、いくつもの効果を得られる可能性があった。

メーデーデモ2
警察が出動し、労働組合と対峙する。安哲秀候補はここにいるべきだった。

ただでさえ、文在寅候補とのあいだに20%以上の差をつけられ劣勢が伝えられている。そして筆者が伝え聞くに、この日の演説は、逆転に向けた全国民向けの大事なメッセージになる予定だった。選対本部のスタッフも動員され、士気を高めるねらいもあったとされる。

だがそのすべては「未遂」に終わった。勝負所が分からない政治家にどんな結果が待ち受けているのか、あらためて述べるまでもないだろう。投票日は8日後に迫っている。