11月19日、4週連続で行われた「朴槿恵大統領退陣」ろうそくデモ。この日の取材は、毎週足を運び続けてきた筆者に、ある「確信」をもたらした。――このデモは簡単に終わらない。その理由は、大きく5つに分けられる。軽く整理してみた。(ソウル=徐台教)

(1)共感の場である

「朴槿恵退陣」と書かれたろうそくを掲げる市民。デモ会場では驚くほど混乱が少ない。
「朴槿恵退陣」と書かれたろうそくを掲げる市民。デモ会場では驚くほど混乱が少ない。

デモに参加する市民にもっとも共通している主張は「朴槿恵大統領の退陣」だ。司会者の号令に合わせて、また道行く人から自然発生的にコールが沸きおこる。だが、それ以外は自由だ。LGBTの旗を掲げる一団もいれば、濃いメイクのアート集団もいる。政党の旗もあれば、ウケ狙いの旗もある。昔の韓国デモのステレオタイプだった、ハチマキに鉄パイプ、警察との激突などは見当たらない。

参加者同士、自身の主張について特別な話を交わす訳ではないが、「他人の痛み」に対して敏感な「エンパシー(共感能力)」がデモ会場全体をおおっている。この点が日常生活と違う。筆者も10数年にわたり経験していることであるが、韓国社会で庶民として生きるということは、ストレスはもちろん、何らかの「痛み」を感じるということに他ならない。

そんな雰囲気が無いデモの現場というのは、参加した人にとってデモが「治癒(ヒーリング)」の場になり得ることを示している。もちろん、デモ現場での女性差別、若者差別などの問題が持ち上がってはいる。だがそうした議論は必ずオープンになる。ストレスフルな韓国社会の中、こうした場所に行きたいと思う人は多いだろう。デモの場は、参加者がのぞむ新しい国家像を投影しているかのようだ。

さらに、デモの「場」はオフラインにとどまらない。当日、なんらかの事情で参加できない人も、テレビのニュースやインターネット中継で気持ちを共にしている。潜在的な参加者は社会の1割の500万人にも上るという分析もある。

(2)組織がしっかりしている

「ろうそくデモ」を主催する「朴槿恵政権退陣・非常国民運動(退陣運動)」。中心は「民主労総」と「参与連帯」だ。
「ろうそくデモ」を主催する「朴槿恵政権退陣・非常国民運動(退陣運動)」。中心は「民主労総」と「参与連帯」だ。

本紙でも何度も伝えているが、デモには主催者となる市民団体が存在する。ウェブでデモを広報し、新聞テレビなどメディアを呼んで平和デモであることを強調する。また、当日にはステージと大型スクリーンを数か所に設置し、救護所や弁護団チームも運営する。迷子も探せば、無料で食事やカイロも配る。そして参加者が退屈にならないよう、司会をしながら、芸能人の公演を企画し、一般市民の発言コーナーも豊富に設ける。トイレ案内の地図を作り、ボランティアを配置し、安全を心掛ける。そして参加できない人のためにウェブで生中継まで行う。ひと言で、デモの「インフラ」を担う。

だが、それはゆるやかな意味での主催にとどまる。当日、こうした主催者の「苦労」を意識している市民は、ほとんどいないのではないかというのが筆者の考えだ。1980年代から脈々と受け継がれる「デモ文化」の底を支える市民団体や労組の組織はだいぶ弱体化したものの、瓦解にいたるまでは至らず踏みとどまっている。むしろ、過去のノウハウが総動員されているのが、今回の一連のデモだといえる。その答えが「平和デモ」だというのは韓国市民の成熟度を示しているのではないだろうか。




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